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トップ  >  Vol.4 五野マサヒロ インタービュー  >  湘南発→ハワイ行き Vol.1

湘南発→ハワイ行き Vol.1




[五野マサヒロ  PROFILE]

1996年    
デザイン会社ハドウインクルード設立
2005年3月    
白金台 瑞聖寺 達磨堂ギャラリーにて 初の個展開催
(協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社)
2005年7月    
高円寺パンケーキ専門店「パンケーキデイズ」イメージコンセプト&アートプロデュース
2005年9月    
六本木ヒルズ内 HEARTLAND SWEET CONVARSATION ART JAM 作品展示
(協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社、HEARTLAND)
2005年9月    
スペイン バルセロナ SALA BARNA 作品展示
2006年5月    
イエローハット キャラクターに起用される

2007年11月17日(土)〜11月19日(月)
“ POP ROCK TOWN GO GO! KEA”
白金台 紫雲山 瑞聖寺 達磨堂ギャラリーにて作品展を開催予定

“創る事は楽しいよ!”“皆のしたいをしてあげたい”をメインコンセプトに、情緒や感性、察する力を大切にし、独自の理論・手法で想いが形になるよう、あらゆるデザイン、制作を行うトータルアートデザイナー。形となる物は楽しく、またひとつの芸術作品でなければいけないと考え、アート&デザインを軸に精力的な企画・制作活動を行っている。
現在、“ POP ROCK TOWN GO GO! KEA”をテーマにオリジナルのキャラクター・ストーリーを引っさげて、11月17日(土)〜11月19日(月)までの3日間、白金台 紫雲山 瑞聖寺 達磨堂ギャラリーにて作品展を開催準備中。

「五野マサヒロさんとの出会い」( 聞き手 宝来存[古本新乃輔])
五野マサヒロさんは、以前ご紹介しました平山ジロウさんとご一緒に、オイラが主宰する「Moonbows」のライブにお越し頂いたのが初の対面でした。笑顔の絶えないとても気さくな方で、今回のインタービュー依頼にも二つ返事で快諾して下さり、感謝感激なのでございます。
果たして!、今回のインタービューは五野さんの有り難ぁ〜い超コアな(言い方変えるとオタクな)リップサービスのおかげ様+荒井勝紀さん[ハドウインクルード取締役]の白熱途中参加で、述べ3時間に及ぶ青春感動巨編!! だって幼稚園時代からの話で始まるんですから。
ので、五野さんのHawaiiなアート作品と、インタービュー風景などを交えながら3回にわけて絶賛配信致します。乞うご期待っ!!!

さぁっ! まずは第1シリーズ!!!



古き良き湘南

(宝=宝来存  五=五野  荒=荒井[ハドウインクルード取締役])

宝 五野さんの一番最初のハワイは何でしたか?
五 ちっちゃい時からサーフィンをやっていたので、そこからですね。
宝 幾つぐらいからサーフィンをやってらっしゃるんですか?
五 本格的にやりはじめたのは中学一年、13歳の時ですね。
宝 13歳って、かなり早くからやってらっしゃいますね
五 叔父がすでにサーフィンをやっていたので、家に板(サーフボード)があったんです。
  だから小さな時から教えてもらっていて。
宝 なるほど
五 茅ヶ崎に祖母の家があってしょっちゅう行っていたので、そこでまず湘南とサーフィンの文化に触れたというか。
宝 五野さんが今、44歳でらっしゃいますから31年前ですよね? 31年前(1976年)はサーフィン•ブームだったんですか?
五 第二次サーフィン•ブームです。第一次は1960年代前半くらいですか。僕は幼稚園ぐらいでしたが良く憶えています。家にもう板があったのを。
宝 木の板ですか?
五 もう、グラスファイバーでした。すでに造ってましたよ、日本でも。
宝 昔は米軍の方達から板を買うしか手だてがなかった、なんて聞いた事がありますが

  (ここで荒井さんも会話に参加)

荒 五野の叔父がサーフィンのチームを湘南につくっていたんですよ。
五 「バーバリアンズ(日本のサーフ・チームの先駆け的存在)」っていうチームをつくっていて、工場で板を削っていたんです。工場っていっても家の裏庭とかの掘建て小屋っていうか、湘南は大きな別荘とかがいっぱいあるから、叔父の知人の庭にもシェイパールームがあって。そういうのを小っちゃな時からずっと見てました。
宝 以前自分も、映画「稲村ジェーン」でサーファー役を演りまして、板の素材を調べるために仲間達で板を電ノコで切るシーンをやった事があります
五 その頃は第一次サーフィン•ブームですね。僕が幼稚園の時はその第一次ブームの終り頃だったと思います。



ブレッド&バター

宝 でも、もうその頃からサーフィン文化に触れてらっしゃるのは凄いですね! で、本格的にサーフィンをやり始めたのが第二次ブームの13歳(1976年頃)なんですね?
五 その頃の湘南は、ブレッド&バターさんのお店{最近、湘南カフェ「ブレッド&バター」
  一夜限りの復活ライブがありました}が茅ヶ崎にあったんです。そこに集まる人達の格好良いことったらありゃしなくて。
宝 時代の先端を行ってらっしゃる方々が集まってたんですよね?
五 後から聞いたら、僕は子供だったのでわからなかったんですけど、ユーミンとか、南佳考とかが集まってたらしいんです。
荒 ブレバタ(ブレッド&バターの愛称)さんが友人かなんかのお家のガレージを借りて、プールがあるようなお金持ちの家だったんですけど、改装して、そこで暮らしながらやっていたお店で。
宝 ライブカフェみたいな感じですよね?
五 だったですね、夜は。僕はGODDESS(ゴッデス、湘南の老舗サーフショップ)のサーファーの人達に夕方くらいに連れてってもらって、ミルクティーとかを飲んで。で、サーファーの人達がジャーマンポテトとかを注文するんですけど、それがまた格好良いんですよ、みんな! 「大人」って感じでっ!
宝 ああぁ〜! 憧れちゃうんですよね〜!!
五 M.C.Escherの絵とかが掛かってて、窓の外を見ると、25mのプールがガーンとあるんですけど、サーフボードが一枚、ポツンと浮いていたりとか、そのシーン、シーンひとつひとつがもう、、、。店の中には色々な楽器が置いてあって、夜には大人の人達がライブをするんだろうな、っていうイメージが湧いたりして。
宝 格好良かったんだろうなぁ〜


湘南通なら誰でも知ってます

五 それから、スケボーもやっていたので、「ドミンゴ」って店でスケートボードを買ったり、
  サザンの桑田圭祐さんも通ったと言われている「清月」に行ったりして。
宝 清月?
荒 菓子パン屋さんですよ。庶民的なサンドウィッチとかを作ってるんです。
五 でも、、、(五野さん、我に返る感じで)あぁ〜、その頃の話をしちゃうと止まんなくなっちゃうなぁ〜っ!!!

  (全員爆笑)

宝 お話しして頂いて全然結構なんですが、ここらへんの話から、ちゃんとハワイ関係の話に辿り着くんでしょうか? それだけが心配なんですがっ?!(笑)
五 いきますっ、いきますっ! 大丈夫です!!!


奥が深いですよ

宝 じゃぁ、ブレバタさんのカフェや、清月や、その時代の湘南スタイルを幼少時から満喫されていたんですね?
五 茅ヶ崎って、湘南のサーフィンや海を通した地元関係の雰囲気と、東京方面から別荘地に来るセレブな人達とのMIXした文化だったから、その交ざり具合が絶妙だったんですよね。
宝 そうですね。ある意味、特殊なカンジですよね
五 奥が深いですよ。そこまでいっちゃいましょうか?(笑)
宝 いえいえ、ほどほどでお願い致します(笑)
  最近も湘南には行かれてるんですか?
五 行ってます、祖母の家があるので。3ヶ月に一度くらいですか、サーフィンをしに行くんですよ。 夏は湘南がえらく混んでしまうので千葉方面に行ってましたが。
宝 夏の湘南は混みますよね

五 でも、、、 本当に湘南は面白いですよ。 コアな人達がいっぱいいて。
荒 要は、“遊び人”が多かったんですよ。 大人のワルな人達が集まってて。
  だけど、みんな優しい。っていう、、、。
宝 なるほど〜


マセてました

五 幼稚園ぐらいの時ですけど、海に連れられて行くと綺麗なお姉さんがいっぱいいるんです。で、いつの間にかそのお姉さんの近くに居たりしちゃって。
宝 えぇ〜?!
五 で、気を惹かせるためだったと思うんですけど、訳もなく拾って来た缶カラをお姉さんの前に置いたりなんかしちゃって(笑)。
宝 マセてますねぇ〜!

五 その頃はビーチマットなんて無かったですから、家から御座を持って海に行くわけです。
  そしたら綺麗なお姉さん達がいて、サーフボードが置いてあって、、、。
宝 その時代のサーフボードは、やはりハワイからの輸入物が多かったんですか?
五 だったと思います。叔父が言っていたのは、「アーニー・タナカ(ハワイの伝説のシェーパー)」という方からボードの作り方を教わったんだと。
  お亡くなりになられましたが。家にもアーニー・タナカと描かれたボードがありました。

(インタービュー後に調べて判明しましたが、アーニー・タナカさんは本当に伝説の 方でした。 その伝説のアーニーさんからボードのシェイプを教わっていた五野さんの叔父様ってのもまた、、、 凄いんじゃないでしょうか!)

オタクの兆候現る

五 あ、昔の(サーフィン関係の)本とか雑誌がありますよ。
  (五野さん、オフィスの中をウロチョロ探しまわる)

  (そこで荒井さんが僕の前に来て)
荒 あの、やはりこの話からハワイに行き着くのか、それだけが心配になってきました。
宝 いえいえ、楽しいお話をして頂いておりますので(内心、ビクビクですけど)

  (黙々と雑誌を探す五野さん)
五 あれぇ〜? ここじゃなかったっけなぁ〜? 
  (荒井さんも一緒に探し始める。しかし、見つからず)
荒 持ってっちゃったんじゃないの?アトリエに。
五 アトリエかぁ〜。
  とにかく、その時代のサーフィン関係の雑誌(洋物)とかも読みまくって、憧れと、
  その時代背景に吸い込まれて(インスパイアされて)いっちゃったんです。
宝 多感なお年頃ですもんね!
五 中学生になって初めて自分でやってみたいと思って、長く大きなロングボードを抱えて海に出て。
宝 中学生くらいでロングは重いですよね?
五 腕が回らないんですよね。両手で抱える感じで運ぶんです。
宝 それか、頭のてっぺんにのっけて、、、
五 そうそうっ! お婆ちゃんが雑巾を用意してくれて(笑)。
宝 (笑)ボードを直接、頭にのせると痛いからっ!
五 お婆ちゃんに「頭の上に敷いて行きなさい。」なんて言われて。
宝 何処かの国の行商のオバサンみたいなカンジですね
五 そんなカンジですねっ!(爆笑)



軌道修正

(五野さん、湘南時代の話がやはり止まりません! ここで私 宝来存、心を鬼にして強引にハワイネタに持ってってみました!!)

宝 それで、五野さんにとって最初のハワイは何だったんですか?
五 まず、初めてハワイに行ったのが、、、 23〜5ぐらいですか。わりと遅いんですよ
  (苦笑)。
宝 ほほぉ〜
五 就職してから行ったんです。
宝 それまでは、じゃぁ、、、 サーフィンとかはやっていたけども、直接ハワイに関わるような事はあまりなかったんですね?
五 はい。ですからハワイに行く前の最初のイメージは、先ほど言っていた(サーフィンの)雑誌と、Kalapanaっていうハワイのバンドのイメージぐらいだったんです。
  っていうか、Kalapanaが大好きで、中野サンプラザとか観に行ったりとかして。
宝 ほほぉ〜!
五 アリーナ席の一番前でヴォーカルのマラニ・ビリュー(Malani Bilyeu/リード・ヴォーカル、ギター、パーカッション)に握手してもらってねっ!
宝 おぉ〜っ、凄いっ!
五 (嬉しそうな顔してらっしゃいます)
  確か高校2年、15〜6才くらいでしたかね。

Hawaiiの絵

宝 絵はいつ頃から始められたんですか?
五 高校の時に大好きな女の子がいて、彼女に絵をプレゼントするんですけど。
  「エアブラシ」っていう、その時代の象徴[約30年前]のような絵を描く道具が流行ってたんです。
宝 どんなんでしたっけ?!
五 ハンドピースっていう道具の先端からシューって霧が出て、波の感じとかを上手く表現できるというか、、、。
荒 アトリエに行くと資料があるからそこで見ながらの方が良いかもしれませんよ。
宝 HIP HOP系のヤツですか?
五 あれはスプレーですね。
荒 トラック野郎のデコトラとかに、工藤静香とかの絵が描いてあるじゃないですか。
  あれがエアブラシです。
宝 あぁ〜〜〜〜〜っ[納得]!!!
  で、そのエアブラシの絵を高校生の時に女子にプレゼント?
五 そうです。
宝 やっぱ、マセてますねぇ〜〜〜っ!(全員爆笑)
  どんな絵を描いたんですか?
五 ヤシの木があって、サンセットになってて、今にも陽が沈みそうな、、、
  まさしくKalapanaのアルバム・ジャケットにあるような絵を描いて(苦笑)、
  まぁ、、、 波の絵ですね。
宝 そのプレゼントはまた乙じゃないですかぁ〜!
五 あの頃の、時代の絵なんですよね。70年代の匂いがプンプンするっていうか。
  POPEYEの創刊号っていうか。
宝 きゃーーーーっ!(懐かしくって体がムズムズしました)
  ちなみにその絵はプレゼントしてしまった訳ですから、もう手元には同じ絵は無いんですよね?
五 この前、久々に会いました、同窓会で。
宝 えっ?! プレゼントした女子にですか?
  絵の話とかしたんですか?
五 少ししたけど、、、 まぁ、、、 まだ持ってくれてたら嬉しいですけどね。
宝 エアブラシって、道具を買えば誰でもすぐにできるものなんですか?
五 いや、できないですよ。僕の場合は、エアブラシの絵が載っているのを探して察して、見様見マネの独自で描いてみたり、画材屋のお兄ちゃんから情報を得たりとか。で、エアブラシの絵を描く巧い人が茅ヶ崎にいたんですよ。その人から教わったりとかして。
  サーフボードの絵はみんなエアブラシで描いていましたからね。
宝 そうなんですか(感心)。


70年代スピリット継承

荒 (五野さんに)久しぶりにエアブラシ使って何か創ってみたらいいのに。
五 (ニヤっとして頷き)とにかく、70年代は格好良かったですね。
  あの時代の人達って、自分たちの価値観を持っていたというか。
  新しいモノを自分たちなりにアレンジしてオリジナルにしていたというか。
荒 ミュージシャンで言えば、日本にPOPSと言われるサウンドを創ってきた人達なんじゃないですかね。YMOとか、ユーミンとか。
五 あら? そっち(音楽)系いく? いっちゃう?! また(話が)止まらなくなっちゃうよ?!
荒 (慌てて)宝さん! 事務所だと何ですからアトリエに移動しましょう!
宝 そうですね! アトリエなら五野さんの現在の作品もあるでしょうし、その方がハワイのお話がいっぱい聞けるかも知れませんもんねっ!


かくして五野さん、荒井さん、私 宝来存の3人は、何かに追われるかの如くタクシーに乗り込み、アトリエに向かうのであった、、、。


  次回へつづく!
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